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福島地方裁判所 昭和40年(ホ)162号 決定

被審人 福島交通株式会社

主文

被審人を過料三〇万円に処する。

手続費用は、被審人の負担とする。

理由

被審人は、福島県下においてバス交通事業を営む株式会社であるところ、その従業員をもつて組織された福島交通労働組合は、被審人を相手方として福島県地方労働委員会に対し不当労働行為救済の申立をなしたが、同委員会は、右救済申立事件(同委員会昭和四〇年(不)第四、六、七号事件)につき、昭和四〇年一〇月二六日付で「被申立人(本件被審人をいう。)は、すみやかに申立人組合(福島交通労働組合をいう。)と、申立人組合が被申立人に対し昭和四〇年八月二〇日付をもつてなした支部役員、組合活動家に対する昇格配転撤回申入及び同日付をもつてなした組合費の賃金からの控除廃止に対する異議申立につき、団体交渉を開始しなければならない。」旨の命令主文を含む救済命令を発した。そこで、被審人は、福島地方裁判所に対し、右命令の取消を求める行政訴訟(昭和四〇年(行ウ)第六号事件)を提起したが、これに対し前記労働委員会は、同地方裁判所に対し労働組合法第二七条第八項に基づく緊急命令を求める申立をなし、同裁判所は、同年一一月二九日「被申立人(本件被審人をいう。)は、当裁判所昭和四〇年(行ウ)第六号不当労働行為救済命令取消請求事件の判決確定に至るまで、申立人(福島県地方労働委員会をいう。)が昭和四〇年一〇月二六日被申立人に対してなした命令につき次の限度で従わなければならない。被申立人は、すみやかに申立外福島交通労働組合が被申立人に対し昭和四〇年八月二〇日付で申し立てた組合費の賃金からの控除廃止に対する異議につき団体交渉を開始すること」なる旨の決定をなし、この決定は、同日被審人に送達された。

この決定に従い、翌三〇日午后五時一〇分から福島交通株式会社本社三階会議室において、被審人側から専務取締役織田鉄蔵、近藤、長沢、山本、亀岡各部長ほか六名が、福島交通労働組合(以下「組合」という。)側から福沢中央執行委員長、橋本、相山副委員長、渡辺書記長、小柳書記次長、国分中央執行委員ほか六名がそれぞれ交渉委員として出席し、団体交渉が開始された。この席上、組合側から「本日の団体交渉は、裁判所の緊急命令による、いわゆるチエツク・オフの問題に限らず、現在労使間に山積している諸問題をも併せて交渉事項とすべきである」旨の主張がなされたが、被審人側は、「裁判所の緊急命令によるチエツク・オフの問題だけの話し合いに止めたい」との態度を終始固執して譲らず、四十数分に亘り両者間に平行線を辿つて応酬がくりかえされるうち突然、被審人側織田専務取締役が「チエツク・オフについて会社の態度を組合に通告する」と前置きして長沢勤労部長をして裁判所の緊急命令主文を朗読させたうえ、「組合では、会社の諸規程を守らないといつてきているから、このように会社を破壊するような活動をする労働組合のためのチエツク・オフはしない」旨述べた。そして被審人側交渉委員は、直ちに一斉退場した。

ところで、従来労使間に承認され、実行されてきたいわゆるチエツク・オフの制度は、被審人と組合間の労働協約第三五条に根拠をもつものであるが、被審人会社代表取締役織田大蔵は、昭和四〇年八月一七日団体交渉の席上で一方的にその廃止を通告したので、組合側は、同月二〇日以降この問題の解決について数次に亘り団体交渉を申し入れたにもかかわらず、被審人は頑としてこれを拒否してきた。しかして、被審人のなしたチエツク・オフの一方的な廃止通告は、労働協約の事実上の改廃にすぎないものであつて、法律上何らの効力を生じない無効のものであることは明らかである。したがつて、チエツク・オフに関する団体交渉においては、その結果、存続、廃止いずれの帰結をみるにせよ、被審人としては協約違反状態のすみやかな是正を求めて団体交渉を誠意をもつて進めることが要求されるのであつて、組合側との間に合意が成立するように努力を重ねることが、今次団体交渉の本旨であるといわなければならない。しかるに、団体交渉の対象たるチエツク・オフの問題につき、あくまで使用者の一方的決定権を固執し、誠意をもつて団体交渉を進めようとせず、単に団体交渉の形式を履践したにすぎない被審人の態度は、まさに団体交渉の拒否とみるべきであるから、結局、緊急命令は、いまだその本旨に従う履行がなされていないものである。

以上の事実(当裁判所の判断部分を除く。)は、証人長沢正夫、同渡辺国衛の各証言のほか、一件記録により充分に認められる。

なお、本件において問題となるのは、組合が緊急命令に示されていない現在労使間に山積する諸問題についても併せて今次団体交渉の対象とするよう被審人側につよく要求し、その主張を譲らなかつたことが被審人側の団交拒否を正当化するかどうかである。しかしながら被審人の団体交渉に応ずる義務は、本件緊急命令をまつて始めて生ずるものではなく、労働組合法第七条第二号は、「使用者が雇用する労働者と団体交渉することを正当な理由がなくて拒むこと」をもつて不当労働行為とし、使用者に団体交渉に応ずる義務があることを一般的に明示しているのであるから、緊急命令に基づく団体交渉の機会に当該命令に示された交渉事項以外の事項を団体交渉の対象とすることは、当然にこれをなしうるものであり、使用者たる被審人はこの義務を正当な理由なくて拒みえないこと多言を要しない。そして、団体交渉を命ずる緊急命令は、当該命令に示された交渉事項につき使用者が団体交渉に応じないときは、それが法律上不当労働行為としての評価並びに不利益を受けるほか、進んで命令違反として労働組合法第三二条により過料の制裁が加えられることによりその義務が間接的に強制されるということであつて、緊急命令に示された交渉事項以外の事項につき団体交渉をなすべきことを免除し、ないしはその回避を正当化するものでないことはいうまでもないところである。

よつて、当裁判所は、本件にあらわれた一切の事情を考慮したうえ、労働組合法第三二条所定の過料額の範囲内で被審人を過料三〇万円に処するを相当と認め、非訟事件手続法第二〇七条により主文のように決定する。

(裁判官 橋本享典)

〔参考資料〕

緊急命令申立事件

(福島地方昭和四〇年(行ク)第三号 昭和四〇年一一月二九日決定)

申立人 福島県地方労働委員会

被申立人 福島交通株式会社

主文

被申立人は、被申立人を原告、申立人を被告とする昭和四〇年(行ウ)第六号不当労働行為救済命令取消請求事件の判決確定に至るまで、申立人が昭和四〇年一〇月二六日福島県地方労働委員会昭和四〇年(不)第四・六・七号併合事件につき、被申立人に対してなした命令につぎの限度で従わなければならない。

被申立人は、すみやかに申立外福島交通労働組合が被申立人に対して昭和四〇年八月二〇日付で申立てた組合費の賃金からの控除廃止に対する異議につき団体交渉を開始しなければならない。

(裁判官 羽染徳次 野口喜蔵 中山博泰)

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